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1日。この日が最後の市内電車「長い間、ありがとうございました」の看板を掲げて、全市無料のサービス運転。とにかく65年も続いた市民の足。「ワタシ乗せる人、ボク乗る人…」運転士も乗客も、消えゆく電車に名残を惜しんで、しんみり考え込んだり、妙にはしゃいだり。そして、一夜明けたら、各電停はいっせいに撤去されて、影も形もなくなったところが多かった。
だが、この連載。そんなことでやめるわけにはいかぬ。かねて書き置きのスケッチ。現実には消えた電車も、連載にはまだまだ登場する。
さて、この奥の堂。天正15年、島津のために焼け野原になった町を石田三成、小西行長らが秀吉の命で復興した町。博多っ子の氏神櫛田神社の鳥居が建っている町である。お祭り好きな博多っ子の町の典型。ふろ屋、八百屋、だ菓子屋、一膳めし屋が細い道に並んでいる。博多弁が店の中から、道ばたから、笑い声とともに耳に飛び込んでくる庶民の町である。
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