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大濠を中心に、かなり広い地域が入江になっていて草香江の名が生まれた。旧町名は「草ヶ江」、町界町名整理で「草香江」と漢字で書くようになった。ちなみに、電停付近の小学校名は「草ヶ江」である。
市内電車が城南線から消える日、町民は、長い間、沿線に立って、名残を惜しむかのように電車を見送っていた。
この電停は、朝夕の通勤者、大濠高校の学生しか利用されない電停だった。人影の少ない静かな住宅街のせいでもあろうか。だから小学校で体操する児童の幼いかけ声が通り道まで聞こえてくる。健康な町である。
電停の横に赤いポスト。雨の日も風の日も、このポストは、ガタピシの市内電車を見送ってきた。そして、電車が消えた今では、朝夕の満員代行バスを見送ることになった。
夕暮れ。大濠ボウルの屋上に立っているボウリングのピンの模型がやけに大きく見える。
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